歴史の勉強

武蔵国  志村城

    

この台地上に城址がある

熊野神社裏に残る空堀跡

東京都板橋区志村二丁目、最寄駅は都営地下鉄三田線志村三丁目駅という地にあったのが志村城である。隣といってもいい赤塚城とともに23区内で中世城郭の雰囲気を残していると言われる。
志村三丁目駅を出て南に歩くと、目の前に台地の縁である崖が現れる。志村城はこの上にあった。台地上に上がる道を行くと、志村小学校と熊野神社がある。神社の入口には志村城址と書かれた碑と解説版が建ち、神社の裏に廻ると空堀や土塁の跡が残っている。上の写真ではわかりにくいが、現地で見れば歴然としている。
志村城は豊島氏の一族であった志村氏により築かれたとされるが、築城時期等は明らかでない。康正2年(1456年)に享徳の乱に乗じて千葉氏の一族馬加康胤が挙兵して千葉宗家を乗っ取り、敗れた千葉宗家の自胤が赤塚城に拠った。その際に志村城に千葉信胤を置いて赤塚城の前衛とした。
その後、大永4年(1524年)に北条氏綱に攻められて落城し、後北条氏の支配下となり、後北条氏の滅亡とともに廃城になったといわれる。
(平成21年1月訪問 #30)

参考文献:東京近郊の名城・古城(PHP研究所)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

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