歴史の勉強

三河国  岡崎城

    

復興天守

本丸南側石垣

風呂谷曲輪虎口

青海堀

大手門

東隅櫓と城壁

徳川家康が出生した城であり、東海道の要衝でもある岡崎城は、矢作川と菅生川の合流地点に半島のように突き出した龍頭山に築かれていることから龍城との異名を持つ。
この城を築いたのは西郷頼嗣といわれ、亨徳年間(1452~4年)のこととされるから、室町時代の足利義政の時代である。
西郷氏は室町初期に三河国守護であった仁木氏の被官の出で、大草氏の一族ともいわれており、三河の豪族であった。

頼嗣の娘婿となったのが松平家の三代の信光の五男光重であるから、西郷氏と松平氏は親戚関係にあるというより、西郷氏は大草松平氏とも呼ばれ松平一族ということになる。
その本拠となったのが岡崎であり、その城を奪い取ったのが家康の祖父松平清康であった。清康は大永3年(1523年)に松平氏の家督を継ぐと、まず目を付けたのが岡崎の西郷氏であった。
当時の西郷氏の当主は三代信貞であり、野心家で独立志向が強く、松平宗家の地位を狙っていたようだ、いわば清康のライヴァルであり、清康としてはほっておけない人物であった。

清康は信貞に対して城の明け渡しを迫り、拒否されると電光石火で属城の山中城を攻め落とした。この攻撃は信貞を大いに畏れさせ、信貞は謝罪したうえで娘を清康に嫁がせて、岡崎城を明け渡した。
清康は以後岡崎を本拠地と定め、整備拡張し周辺に勢力を広げていき三河を平定するが、天文4年(1535年)に家臣に殺されてしまう。
これ以後しばらくは松平氏の苦難の時代となる。駿遠の今川氏と尾張の織田氏に挟まれ、やがて東から伸長してきた今川氏の下風に立つことになり、岡崎も今川の城となって城代がおかれた。

家康が岡崎で誕生したのもこの間のことで、今川の人質として駿府に送られたのも周知のとおりである。
永禄3年(1560年)に桶狭間で今川義元が討たれたことは松平氏にとっての画期となり、これ以後家康は天下人への道を辿るわけだが、その過程で元亀元年(1570年)に浜松に本拠を移した。
岡崎には家康の長男信康が入ったが、やがて同盟者の織田信長に自刃を強要される。それ以後は石川数正、本多重次ら重臣が城代として置かれ、家康の関東移封を迎える。

家康が関東に去り、岡崎は豊臣の城となり田中吉政に与えられる。現在の岡崎城の原型は、この吉政の時代に作られた。
慶長5年(1600年)の関ヶ原役で東軍に属した吉政は筑後柳河に加増転封され、再び岡崎は徳川譜代の城となった。
以後本多氏4代(5万石→5万5千石)、水野氏7代(5万石→6万石)、松平(松井)氏1代(5万石)、本多氏6代(5万石)と継承され明治を迎えた。

現在、岡崎城址は岡崎公園として本丸域を中心に整備されている。本丸には往時をしのばせる天守が復元されている。
岡崎城の本丸域は比較的狭く、元和3年(1617年)、本多康紀によって本丸北西隅に三重三階の天守が建てられた。岡崎城は本多氏の時代に大改修され、それまでの平山城から山城になったといわれる。
天守のほかにも城の東側の馬出や大林寺郭、白山曲輪が新たに構えられた。天守は南に付櫓、東に二重の井戸櫓が付属する複合連立式望楼型であった。

復元天守は昭和34年(1959年)に造られたものであるが、往時の天守は下見板張りであったが、塗籠となっていたり、最上階には本来ないはずの廻縁があるなどの違いはあるものの、比較的往時に近い姿で建てられている。
本丸には天守のほか南側に二重の月見櫓、北東隅には辰巳櫓が配され、多聞櫓が3棟あったが全て下見板張りであった。
本丸の南側には風呂谷曲輪といわれる腰曲輪があり水堀があった。さらにその南には菅生川が流れている。東側には坂谷曲輪と呼ぶ腰曲輪があり、その腰曲輪を水堀で囲んでいた。

一方、本丸の北側から西側は、深い空堀が巡らされており、この堀は西郷氏時代のものとされ、西郷頼嗣の入道名である青海堀と呼ばれている。
青海堀を挟んで本丸の北側に二の丸があった。岡崎城の中枢はこの二の丸で、御殿もここに構えられていた。さらに二の丸の外側には三の丸が広がり、重臣の屋敷があった。
城址にはこのほか大手門や東櫓が復元されている。大手門はまったくの模擬であり、場所も違っている。東櫓は45mの城壁ともども木造で復元されている。


東照公産湯の井戸

東照公えな塚

岡崎公園内にはほかにも多くの見所があって、東照公産湯の井戸という家康誕生の際に水を汲んだとされる井戸や、家康の胎盤を埋めたという東照公えな塚がある。
また松平元康像、徳川家康像、本多忠勝像や家康の遺訓が刻まれた東照公遺訓碑などがある。さらに園内には「三河武士のやかた」が建ち、家康と三河武士の歴史を勉強できる。
(平成25年8月訪問 #122)

参考文献:よみがえる日本の城(学研)、城郭みどころ事典・東国編(東京堂出版)、岡崎城パンフレット、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

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