歴史の勉強

上総国  万木城

    

妙な展望台

本丸南側米蔵土塁

「まんぎじょう」と読み、万喜城とも書く。場所は千葉県いすみ市万木、国道465号のいすみ鉄道国吉駅近くから北に向い、「万木城址公園」の案内に従って進むと行き着ける。
案内板によれば断層崖の急傾斜を三方にもち、いずれも夷隅川の急流が天然の外堀をなし、16世紀中ごろには完成していたとある。
小規模な曲輪が何段にも重なる比較的単純な城郭構造であるが、地盤が固く急崖であったことが、複雑な構造を持たずとも堅城なさしめたという。
とはいえ、万木城についてはほとんど不明であり、上総武田氏によって築かれ、のちに土岐氏が入ったとされる。土岐氏は美濃からの流れであるが三代説(頼元-為頼-頼春)、五代説(頼元-頼房-頼定-為頼-頼春)、九代説(時政-光頼-頼金-頼為-頼元--頼房-頼定-為頼-頼春)があってはっきりしない。
いずれにせよ土岐氏は安房の里見氏に与していたが、第二次国府台合戦で里見氏の勢力が衰退すると、頼春のころから後北条氏に属して里見氏と対立した。その後、後北条氏とともに運命をともにし、万木城は家康の関東入部とともに廃城になった。
現在、急峻な懸崖上には妙な形の展望台が立ち、その前の本丸部分には相撲の土俵が作られている。南側の野鳥の森への遊歩道を行くと土塁や切崖が残こっている。
(平成22年6月訪問 #49)

参考文献:歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

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