歴史の勉強

室町時代初期から戦国時代にかけて活躍したことで知られる山名氏は、清和源氏新田氏流であり、とくに歴史上有名なのは応仁の乱の一方の総帥となった持豊である。
山名氏は、新田義重の長男義範が上野国緑野郡山名郷に住して山名を姓としたことに始まり、源頼朝に従って活躍したが、その後家勢は振るわず、義範から数えて七代目の時氏が足利尊氏に属して功を挙げ、時氏死後一族は山陰・山陽・畿内で11ヶ国の守護を得、これが日本66州の六分の一だというので「六分一家衆」と呼ばれるまでになった。
強大になりすぎた山名氏は、足利三代将軍義満の策略にあって明徳の乱を起こし衰退するが、その後持豊の代に勢威を増す。持豊は入道名の宗全の名の方が知られ、細川勝元と争って応仁の乱を起こし、諸大名を巻き込んで10年にわたる内戦を繰り広げ、これが戦国時代の幕開けとも言われる。
持豊(宗全)死去後は急速に衰えていき、豊臣秀吉によって事実上滅ぼされたが、名家である由をもって家康に取り立てられ、江戸時代には高家として存続した。

(一)南北朝以前の山名氏

(二)山名時氏の活躍

(三)六分一家衆

(四)応永の乱と山名氏

(五)持豊の登場

(六)細川氏との対立

(七)応仁の乱前夜

(八)応仁の乱

(九)宗全以後の山名氏


山名氏と守護について

山名氏主要人名事典

江戸期の山名氏


山名氏略系図(赤字は政氏以後の山名宗家歴代)

参考文献:室町幕府守護職家事典(新人物往来社)、中国の名族興亡史(新人物往来社)、山名宗全と細川勝元(新人物往来社)、戦国大名系譜人名事典西国編(新人物往来社)、室町幕府守護職家事典(新人物往来社)、守護・戦国大名事典(東京堂出版)、ものがたり山名氏八百年(全国山名氏一族会)、歴史と旅平成9年9月臨時増刊守護大名と戦国大名、関連ホームページ

平19.4.7…山名氏のページを開設
平20.1.18…江戸期の山名氏を追加

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