歴史の勉強

朝鮮半島との国境の島対馬を代々領した宗氏は、惟宗姓であったが、惟の字を省して一字姓の宗とした。大陸の一字姓に合せたもので、大陸との交易にはこの方が通りがよかったからである。
このように代々朝鮮を通じての交易に依存してきた宗氏は、一貫して対馬の国守として君臨し、朝鮮に対しては日本を代表する立場に立った。
豊臣秀吉が戦国の世を統一して目を征明に向けると、そのことが宗氏の立場を著しく苦しくした。朝鮮との交易に慣れた立場から朝鮮との交渉にあたらされ、朝鮮と戦端が開かれれば地理的な立場から朝鮮での先陣となった。秀吉が死去して日本軍が朝鮮から引き上げても、宗氏は戦後処理で苦労した。
江戸時代になると山国であった対馬は、1万2千石程度の実高であったが10万石の格式で遇せられ、のちには国持大名となった。

中世の宗氏
  対馬における宗氏の地位確立
  対馬守護補任と少弐氏庇護
  朝鮮との関係

中世期宗氏の主要当主

近世の宗氏
  朝鮮への出兵
  関ヶ原と朝鮮との修交
  江戸期の宗氏

  対馬藩宗氏歴代当主
  
対馬藩史

柳川一件


宗氏略系図

参考文献:室町幕府守護職家事典(新人物往来社)、九州の名族興亡史(新人物往来社)、江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、新編物語藩史(新人物往来社)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

平20.2.29…宗氏のページを開設
平20.4.7…柳川一件を追加
平20.4.27…対馬藩史を追加

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