歴史の勉強

出羽山形の最上氏の祖は出羽探題となった斯波氏で、足利氏とは同族である。
南北朝期に南朝の勢力が強かった奥州に足利尊氏は同族斯波氏を探題に任じた。その後嗣直持が奥州に入り大崎氏を、直持の弟兼頼が出羽山形に入り最上氏を名乗る。
山形盆地を中心に村山郡・最上郡に勢力を伸ばし大名化するが、戦国期に入ると12代義光が積極的に領土を拡大し戦国大名となる。
豊臣時代を乗り切った義光は、家康にも早くから接近していたことが功を奏して、関ヶ原後には57万石の太守となる。しかし家督問題から家臣間の対立が起き、義光死後8年後の元和8年(1622年)にお家騒動から改易となり、以後幕府高家となる。

(一)斯波氏から最上氏へ

(二)出羽探題から地方大名へ

(三)戦国の出羽

(四)最上義光の時代
    その一、家督争いと領内支配権の確立
    その二、庄内への進出
    その三、豊臣大名となる
    その四、関ヶ原
    その五、義光の死

(五)最上氏改易

最上氏歴代当主

山形藩最上三代 義光-家親-義俊

最上氏と関ヶ原

大名騒動録・最上義俊

最上氏関連年表

最上氏主要家臣

最上義光の小研究


最上氏略系図(丸数字は最上宗家歴代)

参考文献:陸奥・出羽 斯波・最上一族(新人物往来社)、奥羽の驍将(人物往来社)、最上義光(PHP文庫)、戦国大名系譜人名事典東国編(新人物往来社)、江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、日本姓氏家系総覧、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

平19.2.12…最上氏のページを開設
平19.8.14…最上氏と関ヶ原を追加
平22.4.8…最上氏と敵対勢力、大宝寺氏・天童氏を加筆訂正し武家・大名録に移設
平22.5.2…最上義光の小研究を追加

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