歴史の勉強

海賊衆とは海に生きる武士であり、水軍と同義である。海賊衆九鬼氏は、紀伊国牟婁郡九木浦より興り志摩国に移って、室町期以降志摩を中心に活躍し、九鬼嘉隆が織田水軍、豊臣水軍の将として名を馳せ志摩鳥羽で5万石を有する大名となった。
関ヶ原の戦いでは嘉隆、守隆父子が東西に分かれて戦い、東軍勝利により西軍に属した嘉隆は自害し、守隆によって近世大名としてのスタートが切られた。
しかし守隆没後に、その家督をめぐって御家騒動が起き、宗家とされる守隆五男久隆が摂津三田3万6千石、同三男隆季は丹波綾部2万石にそれぞれ転封され、海を離れた小大名として明治に至った。

九鬼氏のあらまし
  (一)九鬼氏の興り
  (ニ)志摩の海賊衆として
  (三)九鬼嘉隆の登場
  (四)信長のもとで
  (五)秀吉時代の嘉隆
  (六)関ヶ原と御家騒動

九鬼嘉隆と守隆
  ●九鬼嘉隆
  ●九鬼守隆
  
守隆以後の歴代藩主
  ●三田藩九鬼家
  ●綾部藩九鬼家

九鬼氏略系図
(丸数字は隆良以降の宗家歴代)

参考文献:織田水軍・九鬼一族(新人物往来社)、戦国大名系譜人名事典西国編(新人物往来社)、東海の名族興亡史(新人物往来社)、新編物語藩史(新人物往来社)、九鬼嘉隆(志津三郎・PHP文庫)、江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

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