歴史の勉強

伊予の名族であり室町期には守護大名にもなった河野氏、饒速日(にぎはやひ)命の後裔である越智氏から出たとされ、その孫が伊予風早郡河野郷に住して河野氏を称したとされる。古くはカワノと読んだらしいが、現在ではコウノと読まれる。
鎌倉期に一度没落するが、その後蒙古襲来の際に功があって復興、やがて足利尊氏に従って功を挙げて伊予守護に任ぜられた。
しかし政権基盤が弱く、隣国讃岐の細川氏との抗争や河野氏自身の内訌により弱体化し戦国大名化できず、土佐に興った長宗我部氏の四国統一を目指した攻撃の前に降伏。その後羽柴秀吉による四国討伐の際に所領を没収されて滅亡した。

(一)越智氏から河野氏へ

(二)河野氏の復興と伊予守護

(三)南北朝期から室町期前半の河野氏

(四)内訌と没落

河野氏歴代当主

河野氏家臣抄

河野氏略系図

参考文献:四国の名族興亡史(新人物往来社)、関ヶ原前夜(NHKブックス)、戦国大名系譜人名事典西国編(新人物往来社)、室町幕府守護職家事典(新人物往来社)、守護・戦国大名事典(東京堂出版)、歴史と旅平成9年9月臨時増刊守護大名と戦国大名、関連ホームページ

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