歴史の勉強


平成27年1月12日…赤松氏を追加
赤松氏…鎌倉時代末期に円心の活躍で歴史の表舞台に躍り出て、室町幕府では四職家の一つとなる
朝倉氏…越前の戦国大名として有名で、一乗谷で栄華を誇るが織田信長により滅ぼされる
蘆名氏…関東の名族三浦氏の分流で、戦国期の会津で勢力を誇った
尼子氏…佐々木氏の流れで、出雲守護代から戦国大名へ
一色氏…足利一門で四職家の一つ。丹後、若狭の守護となるが戦国期に滅亡
大内氏…百済の琳聖太子の後裔と称し、山口に本拠を置き、防長両国をはじめ周辺地域に覇を唱えた
京極氏…室町期は道誉の活躍で四職家の一つ。江戸期にも讃岐丸亀藩など大名として続く
九鬼氏…志摩の海賊から織豊水軍の将として戦国を生き抜き近世大名へ
河野氏…伊予の名族で鎌倉期、南北朝期、室町期を生き抜くが戦国大名化できずに滅んだ
少弐氏…本姓は武藤氏で、大宰少弐となった資頼が官職の少弐氏を名乗る九州の名族
神保氏…畠山氏の重臣から下克上で越中の戦国大名に
宗氏…対馬の島主から戦国期を経て、江戸時代は対馬藩主として君臨
相馬氏…下総から興り、陸奥海道三郡を800年に渡り領有した名門
富樫氏…歌舞伎で有名な加賀の守護富樫氏は一向一揆の前に滅亡
波多野氏…丹波一国を支配した戦国大名波多野氏だが信長の前に滅亡する
畠山氏…足利一門の名門で宗家は三管領家の一つ。ほかに二本松、能登の大名家でもあった
最上氏…出羽探題となった斯波氏が山形に入り最上氏を称し、江戸初期まで山形を領した
山名氏…「六分一家衆」と呼ばれた一族で、応仁の乱で西軍を率いる山名宗全を生む
龍造寺氏…肥前の一豪族から五州二島の太守といわれるまでになった名族
六角氏…近江の名族佐々木氏の嫡流を継ぐ名家で、代々近江守護となるが信長の前に滅ぶ

厚東氏・・・平安時代からの長門の名族で、室町時代には長門守護に
佐野氏・・・堅城唐沢山城に拠る、北関東の名族
椎名氏・・・戦国時代に越中国新川郡一帯を勢力下においたが、謙信に攻められて滅亡
大宝寺氏・・・藤原姓の名族で、出羽国庄内地方に覇を唱えたが、最上・上杉の両勢力の間に埋没
天童氏・・・新田源氏里見氏の流れで、最上氏から養子を迎えるが、最上氏とは終始対立関係に
長野氏(上野)・・・在原業平の後胤とされ、戦国期には名城箕輪城に拠って武田氏と戦った
益田氏・・・石見国益田を本拠とし、豪族から戦国大名化し、関ヶ原後は毛利家の家臣となった
吉見氏・・・武蔵に起こり能登守護へ、さらに庶流は石見へ定着し戦国大名となった
留守氏・・・陸奥国留守職から国人化、さらに伊達氏の一門へ

  
松平氏…三河国松平郷は発祥で、のちに徳川氏と合流、江戸期には特別の姓に
竹谷松平家  形原松平家  石川松平家  大草松平家  五井松平家  深溝松平家  滝脇松平家
藤井松平家  三木松平家  鵜殿松平家
越智松平家  鷹司松平家
奥平松平家  大須賀松平家  戸田松平家  松井松平家  依田松平家  本庄松平家

浅野氏…秀吉の五奉行筆頭長政に始まり広島の太守に、分家には忠臣蔵の長矩がいる
生駒氏・・・信長の親戚、豊臣の中老の家柄も御家騒動で旗本に
加藤氏(清正)・・・豪勇無双、築城の名人、忠義一途で人気の高い加藤清正家も二代にして改易
加藤氏(嘉明)・・・秀吉子飼いの将嘉明は会津40万石を得るも、二代明成の失態で小大名へ
金森氏・・・金森長近に始まり六代に渡り飛騨高山を領するが、郡上転封後七代頼錦は改易
蒲生氏・・・近江の名族で、秀吉の信任を得た氏郷が会津の大大名に
黒田氏(福岡)・・・如水が秀吉の名軍師として仕え、その子長政が関ヶ原で活躍し筑前の太守に
酒井氏…徳川譜代の名門で、左衛門尉系と雅楽頭系の二流に分かれた
榊原氏…徳川四天王の一、康政に始まる大名家
津軽氏…北辺の地弘前4万7千石を治めるが南部氏とは怨念の対立
藤堂氏…藩祖高虎の巧妙な身の処し方で、外様ながら譜代並みの扱いを受ける
戸田氏…松平姓を名乗った二連木系、田原系のほかに別家として大垣藩戸田家もある
鍋島氏…戦国大名龍造寺氏から禅譲を受け、肥前佐賀35万石の藩主となる
丹羽氏…信長の重臣長秀に始まる準国主大名
蜂須賀氏…小六正勝が秀吉に仕えて、その孫は阿波徳島の国持大名に
堀田氏…正盛が春日局の縁で家光に仕え、その後は老中に
堀氏…堀秀政にはじる大名家、宗家は改易されたが分家が多く江戸時代には4家が幕末まで存続
溝口氏…丹羽長秀の与力にはじまり、越後新発田藩主として明治まで12代続いた大名家
山内氏…一豊に始まり容堂・豊範に終わる土佐国主

青山氏・・・江戸幕府要職にも度々就いた譜代大名で、宗家と分家幸成系のニ家がある
秋元氏・・・長朝が家康に仕え、喬知と涼朝の二人が老中に列せられたが、その後は不遇を託つ
伊丹氏・・・旗本であった伊丹康勝は加増を受けて大名になるが、四代勝守が自殺して絶家となった
市橋氏・・・美濃の地頭から信長、秀吉に仕え大名に、江戸期は近江仁正寺藩主
井上氏・・・徳川秀忠近侍の三臣の一人とされた井上正就が大名に取り立てらたのがはじまり
遠藤氏・・・下総の名族千葉氏の六男東氏の流れを汲み、美濃郡上・近江三上で大名として続く
大岡氏・・・江戸南町奉行大岡越前守忠相から始まる大名家
大関氏・・・那須七騎から独立大名となり、さらに黒羽藩主として明治に至る
岡部氏・・・今川家臣から徳川家臣へ、さらに大名となり江戸時代は和泉岸和田藩主として続く
奥平氏・・・奥平信昌は長篠の戦いで、長篠城を死守したことで名を馳せ、家康長女亀姫を娶り譜代の名門大名へ
加納氏・・・紀伊徳川家の家臣から、吉宗の将軍就任により幕臣、さらに大名へ
亀井氏・・・戦国大名尼子氏の重臣で、山中鹿之助とともに尼子再興を画すが果たせず、その後近世大名へ
久世氏・・・祖の久世広之は小姓から老中に、幕末の老中広周も有名
久留島氏・・・伊予来島の海賊大名で、関ヶ原後は豊後日田に転封となり来島より久留島に姓を改める
桑山氏・・・秀吉側近だった重晴が大名となったが、五代一尹が改易に
小出氏・・・秀吉側近から岸和田藩主、さらに出石藩主へ、庶流は園部藩主
小西氏・・・商人出身の異色大名小西行長も、関ヶ原で西軍に属し一代限りで滅ぶ
坂崎氏・・・戦国大名宇喜多氏の一族で後に坂崎に改称、千姫再嫁をめぐり幕府に反逆し改易された
田中氏・・・石田三成捕縛の功で、農民から一躍筑後の太守に出世
田沼氏・・・賄賂政治の老中意次より起こる大名家で、意次失脚の後も大名として明治に至る
土井氏・・・江戸初期に幕閣で辣腕をふるった利勝を藩祖とする譜代大名家
富田氏・・・関ヶ原の際の安濃津城攻防戦で有名だが、坂崎直盛との争論により改易に
鳥居氏・・・藩祖元忠は家康の股肱の臣で、関ヶ原では伏見城留守居となり戦死
永井氏・・・長田長勝が家康に仕えて永井に改称し、旗本から大名に
中村氏・・・豊臣政権の三中老のひとり一氏の家も二代で断絶
西尾氏・・・本能寺の変の際に家康の接待役であったために家康を護衛し、そのまま家康の家臣に
福島氏・・・秀吉恩顧で武断派の雄であった正則は、徳川に睨まれて改易
堀尾氏・・・戦国末期に吉晴が豊臣秀吉に仕え、三中老でもあったが無嗣断絶に
本庄氏・・・一族の光子が、五代将軍綱吉の生母(桂昌院)となったことで大名に
松下氏・・・秀吉が一時期寄食した松下家は、その後大名になったが3代で改易となる
三宅氏・・・1万2千石の小大名であったが城主であり格式が高く、三宅坂の由来となった
宮部氏・・・善祥坊継潤は秀吉に仕え鳥取城主となるが、その子長煕が関ヶ原で西軍に与し改易
村上氏・・・丹羽長秀の与力に始まり、越後村上12万石となるも改易される
屋代氏・・・村上氏の出自で安房北条1万石の大名となるが、万石騒動と呼ばれる農民一揆で改易となる
六郷氏・・・鎌倉幕府の御家人二階堂氏に始まる名家で、江戸期は出羽本荘2万石の大名家
脇坂氏・・・賤ヶ岳七本槍の安治が豊臣大名となり、江戸期には外様から願譜代さらに譜代となった
分部氏・・・秀吉に仕え伊勢上野で大名に、その後近江大溝に移り明治に至る

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