歴史の勉強

(三)安祥時代の松平氏

松平氏四代親忠もまた、武勇に優れた将であったらしい。明応2年(1493年)10月、加茂郡金谷城主の中条氏(政秀という説が有力)が、その被官の三宅、鈴木、那須氏らを動員して総数3千余名で二手に分かれて岡崎に寄せてきた。
中条氏は、鎌倉幕府評定衆、尾張国守護、室町幕府奉公衆などを務めた由緒ある国人領主で、高橋荘地頭であり、急速に力をつけた松平氏に脅威を感じて行動に出たのではないかと考えられている。
この戦いを井田野合戦といい、親忠は2千余を動員して、中条勢を敗走させた。これにより親忠は武名を挙げ、ライバル関係にあった岩津松平氏(信光長男親長が継承)、岡崎松平氏(大草松平光重の系統)の勢威は相対的の下降し、親忠が松平宗家の地位を得ることに繋がった。

もともと親忠は安祥城を譲られたというだけであって、その段階では宗家の地位にあったわけではなかったといわれる。序列でいえば岩津松平親長が宗家であった。
系図上、親忠が宗家のように扱われているのは、その家系から家康が出たからで、本来からすれば半ば強引に親忠を宗家としたのである。
井田野合戦から3年後の明応5年(1496年)親忠は長男長親に家督を譲り隠居し、文亀元年(1501年)5月に63歳で没した。親忠の二男乗元は大給城を譲られて大給(おぎゅう)松平氏の祖となり、九男乗清は滝脇松平氏を起した。

五代長親の代になると、東方から今川氏の圧力が増してきた。今川氏は戦国大名として勢力を伸ばし、駿河、遠江両国から東三河に領地を広げていた。
永正3年(1506年)8月20日、今川氏親の客将伊勢新九郎長氏(のちの北条早雲)は、今川勢1万を率いて松平領に進出し、岩津城を攻めた。
岩津城主松平親長は城兵5百をもって、よくこれを防ぎ、この間長親は一族、譜代衆を集めて安祥を出陣した。長親は今川勢の背後に廻ったが、その兵力もまた5百余とわずかであり、これを知った今川勢は、一気に攻め寄せてきた。
しかし松平勢はつわもの揃いであり、勇戦して今川勢を崩し夜戦にまで持ち込んだ。さらに渥美郡田原城主戸田憲光(信光外孫)が松平方についたとの噂がながれ、今川勢は挟撃を恐れて逃走した。

この永正期の今川氏との合戦は「三河物語」では長親の武勇を強調して書かれているが、実際の永正期の大乱は、足利将軍家の家督争いが波及したものであったらしい。
東三河の戸田氏、牧野氏は今川家の被官となっていたらしく、これと松平氏が対立したか、あるいは牧野氏が離反し今川氏が牧野氏を攻めたことから始まるともいわれている。
この今川氏の三河侵攻によって、岩津松平家は滅ぼされたが、松平氏は安祥を中心に再起し、さらにこの頃急速に三河で勢力を拡大した一向一揆が今川氏撃破の主力となったという。
いずれにせよ、永正の三河大乱で岩津松平氏は滅亡し、これによって安祥家の長親が松平氏宗家の立場を確実にしたのは確かである。
「三河物語」の記述は、今川1万の軍勢をわずか千人余で撃退したことになっており、信用できるものとはいえないだろう。長親は永正年間(1504~21年)の比較的初期に隠居し、跡は信忠が松平氏六代を継いだ。
なお、長親からは二男信定が桜井松平家、三男親盛が福釜(ふかま)松平家、四男義春が東条松平家、五男利春が藤井松平家をそれぞれ創設している。

「改正三河後風土記」には、信忠は暗愚にして残忍であり、日夜酒宴遊興に耽り、老臣共の諫言を用いず、佞者を好んで忠臣をうとみ、軍国の大事を怠り…とあり、さんざんである。
「三河物語」も松平家主君に必要な三条件、すなわち武勇、家臣への情愛、民百姓への慈悲が全て欠けていると記しているが、これは信忠の跡の七代清康を比較的にクローズアップさせるためのものであるといわれ、文字通りには信用できない。
しかしかなり頭領として劣っていたことは確かであろう。こんな信忠だったから弟の桜井松平氏の信定を当主に推す一派が出て、家臣団が分裂し争いになった。信定は兄信忠と違って、かなりの力量があったようである。
「松平氏由緒書」では、一門、家老が集まって評定をし、信忠に対して起請文をもって家臣の意志による隠退を勧告した。信忠はこの起請文を見て評定を行い、隠居を決意して家督を嫡子清康に譲り碧海郡大浜郷に隠棲した。

信忠の早すぎる隠居については、史料による俗説的な事情以外にも、いくつかの説がある。
先代長親が不器量な信忠を嫌い信定を偏愛したとの説や、井田野合戦後の岩津松平家の所領を安祥家の所領に編入したことを巡る家臣の不満があったためとする説、岩津家が壊滅した後に安祥家が惣領となったことによる一族間の軋轢により隠退を余儀なくされたとする説などである。
なお、信忠からは二男信孝が三ツ木城を得て三木松平家を、三男康孝は西浅井郷を与えられて鵜殿松平家を、それぞれ分家している。

(四)清康による三河平定

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