歴史の勉強

高虎で有名な藤堂氏の出自については宇多源氏佐々木氏流とし、佐々木泰綱四男経泰の九代孫高虎の時に、近衛信尋と昵懇とあって藤原姓を称すようになったとするのが一般的であるが、確証はなくそう言われているという程度である。
また、中原姓とする説もあって出自については明らかではないが、いずれにしろ近江国犬上郡甲良荘藤堂に由来することは間違い。
「寛政重修諸家譜」では、高虎の父虎高は三井乗綱の男といわれ、甲斐の武田信虎に仕えて偏諱を受け虎高と称し、のちに近江で浅井氏に仕えたというが、これも「寛政重修諸家譜」にはそうあるという程度であって、確証は得られていない。ただ、戦国期の将高虎が近江の藤堂で生まれたことは間違いないだろう。
高虎は浅井氏に仕えたのを皮切りに度々主を変えて、最後は徳川家康に仕えて外様ながら絶大な信頼を得、伊勢・伊賀で32万余石を有する津藩主となり、幕末まで転封もなく12代に渡って続く。
津藩は大藩であり、藤堂氏は国持大名であったが、比較的早期から財政難に陥り、大きな騒動はなかったが苦しい藩政が続いた。藩風は高虎が外様ながら譜代に近い扱いをされたことに恩義を感じ、基本的に公儀第一であった。しかし幕末には変わり身をして裏切り、幕軍に対し砲撃をしている。

藤堂宗家歴代当主
  (一)藤堂高虎
  (二)藤堂高次
  (三)藤堂高久
  (四)藤堂高睦
  (五)藤堂高敏
  (六)藤堂高治
  (七)藤堂高朗
  (八)藤堂高悠
  (九)藤堂高嶷
  (十)藤堂高兌
  (十一)藤堂高猷
  (十二)藤堂高潔

津藩史藩祖高虎から12代高潔まで伊勢32万石の歴史

支藩久居藩主歴代二代藩主高次の庶子に始まる分家

久居藩史
    
藤堂氏関連年表

藤堂高虎の小研究藩祖高虎についての一考察


藤堂氏略系図(赤丸数字は宗家歴代、青丸数字は久居藩主歴代、久居藩14代高秭は変換不能)

参考文献:日本歴史叢書・津藩(吉川弘文館)、藤堂高虎(PHP文庫)、新編物語藩史(新人物往来社)、江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、武家盛衰記(文春文庫)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

平19.2.12…藤堂氏のページを開設
平19.5.28…藤堂高虎研究を追加

武家・大名録の表紙に戻る
歴史の勉強
Last modified -