歴史の勉強
丹羽長次 にわながつぐ
幼名:鍋
従五位下、従四位下、若狭守、左京大夫、侍従
寛永20年(1643年)生、延宝7年(1679年)4月17日襲封、元禄11年(1698年)没
陸奥二本松10万石

丹羽光重の長男として生まれ、延宝7年(1679年)4月、父光重の隠居により家督を継ぐ。
先代光重が二本松藩政の基礎固めを行ったのを受け、長次は農村対策を実施、新田開発や百姓分限を定めた。この結果米の生産量は増加し、人口も増え、一時底をついていた藩財政は安定を見た。
長次の代には延宝年間・天和年間・貞享年間に起きた凶作も乗り切ることが出来た。
元禄11年(1698年)に56歳で病没、長次には子がなく家督は弟の長之が継いだ。

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