歴史の勉強

溝口氏の先祖は溝口勝政は逸見又太郎義重の後裔というから、清和源氏武田氏流ということになる。義家は承久の乱で戦功あり美濃国山県郡大桑郷を得て、その地に住したが、数代のちに尾張国中島郡溝口郷に移り、溝口と姓を改めたといわれる。
さらに数代を経て、溝口勝政は溝口村の地侍であったと思われる。勝政は天正3年(1575年)に没し、家督を継いだ秀勝の代に溝口氏は大きく飛躍する。
秀勝は丹羽長秀に仕え、天正9年に若狭高浜で5千石の城主となり、長秀没後は秀吉から堀秀政の与力に付され、堀氏の越後への移封に伴い新発田で6万石を得た。
その後十二代に渡って新発田で続き幕末を迎えた。なお、秀勝の子宣勝は弟善勝に1万2千石を分知し沢海溝口家として分家させた。

溝口宗家歴代当主(新発田藩主歴代)
   (一)溝口秀勝
   (二)溝口宣勝
   (三)溝口宣直
   (四)溝口重雄
   (五)溝口重元
   (六)溝口直治
   (七)溝口直温
   (八)溝口直養
   (九)溝口直侯
   (十)溝口直諒
   (十一)溝口直溥
   (十二)溝口直正

新発田藩史

新発田藩の騒動

沢海藩溝口家歴代

沢海藩史

沢海騒動

溝口氏関連年表

溝口氏略系図(赤数字は歴代新発田藩主、青数字は歴代沢海藩主)

参考文献:新編物語藩史(新人物往来社)、江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、シリーズ藩物語・新発田藩(現代書館)、日本史諸家系図人名辞典(講談社)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

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