歴史の勉強
生駒正俊没後の歴代 
生駒騒動により出羽矢島1万石となった四代生駒高俊の没後、子高清に8千石、高清の弟俊明に2千石と分知され、宗家は交代寄合として幕府に仕えた。幕末までの歴代は下記のとおり。

生駒高清(いこまたかきよ) 寛永20年(1643)生・万治2年(1659)承・元禄7年(1694)没
生駒親興(いこまちかおき) 明暦元年(1655)生・元禄7年(1694)承・元禄15年(1702)没
生駒正親(いこままさちか) 延宝6年(1678)生・元禄15年(1702)承・宝永3年(1706)没
生駒親猶(いこまちかなお) 元禄4年(1691)生・宝永3年(1706)承・宝暦3年(1753)没
生駒親賢(いこまちかかた) 正徳5年(1715)生・宝暦3年(1753)承・天明6年(1786)没
生駒親睦(いこまちかとし) 享保19年(1734)生・明和8年(1771)承・天明2年(1782)没
生駒親章(いこまちかあきら) 安永2年(1773)生・天明2年(1782)承・文化14年(1817)没
生駒親孝(いこまちかのり) 寛政2年(1790)生・文化14年(1817)承・天保6年(1835)没
生駒親愛(いこまちかよし) 文政元年(1818)生・天保元年(1830)承・天保10年(1839)没
生駒親道(いこまちかみち) 文政9年(1826)生・天保10年(1839)承・安政2年(1855)没
生駒親敬(いこまちかゆき) 嘉永2年(1849)生・安政2年(1855)承・明治13年(1880)没

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