歴史の勉強

迂闊なことであるが、この稿を書くまで蒲生氏は藤原秀郷につながる名族であるなどとは全く知らず、戦国末期に蒲生氏郷が槍一筋の働きで大名になった、いわゆる出来星大名だと思っていた。
もっとも出自はともかくとして蒲生の名を大きく歴史に残し、その存在を高らしめたには氏郷の活躍であることは間違いのないところである。
氏郷は織田信長のもとで人質生活を送り、信長没後は秀吉に仕えて会津百万石の大封を得るが40歳の若さで病死する。その死は毒殺ともとれる不可解なものともいわれる。
氏郷の跡を秀行-忠郷-忠知と継いで江戸時代にも大名として残るが、重臣間の内紛が絶えず、いずれも若くして死去した。忠知にも嗣子なく無嗣断絶となった。

氏郷以前の蒲生氏
  ●蒲生氏の出自と台頭
  ●蒲生氏の内紛と信長への臣従

蒲生氏郷
  ●氏郷と信長
  ●飛躍する蒲生氏
  ●会津時代の氏郷とその死

氏郷以後の蒲生氏
  ●秀行の時代
  ●蒲生家の断絶

江戸期の蒲生氏歴代 秀行-忠郷-忠知

蒲生騒動


蒲生氏略系図

参考文献:戦国大名系譜人名事典西国編(新人物往来社)、近畿の名族興亡史(新人物往来社)、蒲生氏郷(PHP文庫)、江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ

平19.11.2…蒲生氏のページを開設
平19.12.16…蒲生騒動を追加

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