歴史の勉強

野村藩

藩主 在任 石高(万石) 特記
織田長孝 慶長5.?~慶長11.7
1600~1606
1.0 元禄元(1688)新封
織田長則 慶長11.7~寛永8.7
1606~1631
1.0 無嗣断絶

織田信長の弟長益(有楽斎)の子長孝は、美濃国大野村で5百石を領していた。関ヶ原役の際に長孝は父長益とともに東軍に与し、西軍の戸田勝成を討つなど戦功を挙げ、大野郡野村で1万石を与えられ大名に列した。だが二代長則に嗣子なく無嗣除封となり、野村の地は幕府の大津代官石原清左衛門が支配することとなった。
その後野村の地は戸田氏が大垣藩主となると大垣藩領となり、明治元年(1868年)に大垣藩支藩の大垣新田藩主戸田氏良に野村3千石が分与された。
翌明治2年に版籍奉還、そののち氏良は野村に陣屋を移して野村藩を立藩したが、廃藩置県により廃され、二代目野村藩は短命に終わった。

参考文献:江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、新編物語藩史(新人物往来社)、藩と城下町の事典(東京堂出版)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ
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