歴史の勉強

作手藩

藩主 在任 石高(万石) 特記
松平(奥平)忠明 慶長7.9~慶長15.7
1602~1610
1.7 伊勢亀山へ

長篠の戦いで有名な奥平信昌の四男忠明は、母が徳川家康の女亀姫であるために松平姓を賜った。
文禄元年に兄家治が死去したために、その家督を継いで上野国長根7千石を領した。関ヶ原役の戦功により1万石を加増され、奥平家の旧地三河作手に移された。
領地は三河、近江国内であり、忠明は奥平氏代々の居城亀山城を修築して入城し、民政に意を尽くしたために領民に慕われたという。
慶長15年忠明は4万5千石を加増されて都合6万2千石となり伊勢亀山に転封となり、作手藩は廃藩となった。

参考文献:江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、新編物語藩史(新人物往来社)、藩と城下町の事典(東京堂出版)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ
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