歴史の勉強

中島藩

藩主 在任 石高(万石) 特記
板倉重矩 寛永16.6~寛文12.閏6
1639~1672
5.0 三河深溝から
下野烏山へ

深溝藩初代藩主板倉重昌の長男重矩は、寛永15年(1638年)島原の乱の際に蟄居を命じられた。島原の乱では父重昌は戦死し、重矩は弔合戦として活躍し戦功をたてたが、帰陣の際の軍令違反を咎められたものであった。
同年12月に赦され、翌寛永16年6月15日に重昌の遺領のうち1万石を継いで、居所を深溝から中島に移し、ここに中島藩が成立した。
重矩は万治3年(1660年)大坂定番となり1万石加増、寛文5年(1665年)老中に列し2万石加増、寛文8年(1668年)京都所司代、寛文10年(1670年)に老中に再任された。寛文11年(1671年)1万石加増されて石高は5万石となり、翌寛文12年に下野烏山に転封となり中島藩は廃藩となった。

参考文献:江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、新編物語藩史(新人物往来社)、藩と城下町の事典(東京堂出版)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ
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