歴史の勉強

鶴舞藩

藩主 在任 石高(万石) 特記
井上正直 明治元.10~
1868~
6.0  遠江浜松より

十五代将軍慶喜は慶応3年(1867年)10月に大政奉還して隠退し、慶応4年(1686年)徳川家の十六代当主となった家達は駿河・遠江両国70万石の大名となり駿府藩を立藩した。
このために駿河・遠江両国の大名は領地替えとなり、遠江浜松6万石の井上正直は上総鶴舞に転封となり、ここに鶴舞藩が成立した。
藩庁は埴生郡矢貫村の浄徳寺に置かれたが、翌明治2年に版籍奉還、明治4年(1871年)には廃藩置県となった。

参考文献:江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、藩と城下町の事典(東京堂出版)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ
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