歴史の勉強

左沢藩

藩主 在任 石高(万石) 特記
酒井直次 元和8.9〜寛永7.3
1622〜1630
1.2 無嗣除封

左衛門尉系酒井氏の宗家忠勝が出羽庄内藩主として鶴岡に入封したとき、弟直次に1万2千石を分与し、直次は左沢に陣屋を構えて左沢藩が成立した。
しかし寛永7年(1630年)に直次は嗣子なくして35歳で没したために絶家となり、左沢の地は庄内藩の預り地となった。
その後、寛永9年(1632年)6月に改易となった肥後熊本藩主加藤忠広が庄内藩に預けられて、幕命によって1万石を分与した。その代わりに直次の旧領左沢1万2千石が庄内藩領に加えられた。
忠勝が没し、その三男忠恒が2万石を分与され松山藩が成立すると、左沢の地は松山藩領となり明治に至る。

参考文献:江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、藩と城下町の事典(東京堂出版)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ
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