歴史の勉強

広島新田藩

藩主 在任 石高(万石) 特記
浅野長賢 享保15.5~延享元.9
1730~1744
3.0 新封
浅野長喬 延享元.9~明和6.12
1744~1770
3.0  
浅野長員 明和7.2~寛政12.9
1771~1800
3.0  
浅野長容 寛政12.9~文政7.2
1800~1824
3.0  
浅野長訓 文政7.2~安政5.11
1824~1858
3.0 広島藩13代を継ぐ
浅野長興 安政5.11~文久2.12
1858~1862
3.0 広島藩14代を継ぐ(長勲と改名)
浅野長厚 文久2.12~
1862~
3.0  

広島藩でも他の大藩で行なわれた新田分知(新たに開発した田を分家に与えて立藩し宗家の無嗣に備えることは)が行なわれた。
もともと広島藩には三次藩という支藩があったが、三次藩は享保5年(1720年)藩主長寔に嗣子がなく断絶した。それから10年後に広島新田藩として支藩を復活させた。
新田分知にもいくつか形態があるが、広島藩のそれは分知する土地を特定せず、本藩から相当分の収入を支給する方式で、代々の藩主は在府であった。江戸市中の青山に上屋敷があったことから青山浅野家とも呼ばれた。

参考文献:江戸三百藩主人名事典(新人物往来社)、新編物語藩史(新人物往来社)、歴史読本・歴史と旅各誌、関連ホームページ
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